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zoom RSS コラム91 金山ポタリング 太田七福神めぐりのコース

<<   作成日時 : 2018/02/10 23:34  

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 2月4日(日)、金山周辺をポタリングした。クロモリのロードレーサーで出かける。この自転車に乗るのは約1年ぶり。しばらく2階の部屋にしまい込んであって、うっすらと埃をかぶっていた。

 1月14日、「上州太田七福神めぐり」に参加した。金山山麓にある七つの寺院(七福神)を徒歩で参拝しながら回るというイベントである。この太田七福神めぐりのコースを自転車で走ってみた。適度なアップダウンがあり、自転車で走っても面白そうとイベント当日に歩いてみて思ったからである。

 七福神めぐり本来のコースは、大光院から金龍寺に向い、東山公園親水広場から松風峠の東側に出て、玉巌寺、永福寺、曹源寺をめぐる。曹源寺からは東金井町に通じている県道(316号太田桐生線)をしばし南下する。そこから県道を外れて西に折れ、金山の東麓から東山公園親水広場に戻る。親水広場内を通り、ハイキング道で山林を抜けて受楽寺へ至る。受楽寺からは南へ向い、太田小学校の西側を歩いて本町通りに出る。本町通りを少し西に行くと長念寺である。そして大門の通りを大光院へと戻るのだが、この日は玉巌寺と永福寺は省略、かわりに金山城址線をモータープールまで登り降りする区間をプラスした。また、七福神めぐりでは未舗装の道(金山配水場タンクわきから松風峠東側に抜ける道)やハイキング道(東山公園親水広場から受楽寺へ抜ける山林内の道)も通るが、これらの道はロードバイクでは走れないので、適当に迂回した。すなわち、金山配水場わきの未舗装道の代わりに松風峠を走った。東山のハイキング道の代わりは、親水広場から舗装路を下り、スバル北工場の東側を南下して受楽寺へと向かった。

 午後1時を過ぎてから家を出る。はじめは穏やかで暖かかったが、しだいに風が強まり、寒くなった。

 まずは大光院から金龍寺へ。金龍寺の石段の南に小さな神社(豊川稲荷)があり、参道に梅の木が続いている。一番奥の紅梅がほころび始めていた。この冬はいつになく寒さが厳しく、春はまだ遠く感じられるが、季節は確実に移ろいつつある。

 金山城址線をモータープールまで登る。いつものことだが、ヒルクライムの反復練習をする人、数人とすれ違う。
 
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 展望台から太田市街を望む。この日は、けっこう遠くまで見えた。

 モータープールをあとに松風峠から東金井町へ下る。

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 写真は、県道316号太田桐生線の、松風峠へ向かう交差点に祀られている庚申塔。地蔵像が浮き彫りにされた古い形態の庚申塔である。

 曹源寺(さざえ堂)に着くと、境内には数組の参拝者のグループがいた。さざえ堂を見上げつつ「すごいね。インスタにのせないの?」なんて話している。
 「さざえ堂」は三階建てで、堂内にらせん状の回廊が作られている。回廊は一方通行で、一度もすれ違わずに一階から三階まで上って再び一階に戻るという構造になっている。回廊には観音像が並ぶ。堂内巡りをすると、百観音を巡礼したのと同じ御利益があるらしい。
 もうずいぶん前のことになるが、「さざえ堂」の堂内巡りをしたことがあった。堂内は暗く、ひどく廊下が冷たかったという記憶がある。

 修復工事を終えたばかりの「さざえ堂」内を見学するつもりでいたが、お堂の入口に「拝観は午後3時まで」とあった。時計を見ると3時を少し過ぎている。堂内にはまだ人がいるような気配があり、頼めば拝観できそうな気もしたが、急に風が出てきたし、帰りが遅くなると寒くなりそうなので、拝観は見送る。

 曹源寺から県道316号太田桐生線を少し南へ行き、県道を右折(西へ)して東金井地内の小道へ入る。金山の東麓にあたる地区である。このあたりは起伏が多く、小さな坂道が錯綜している。金山から東へ向って小さな尾根が延びており、そこを南北に乗り越える道が峠状になっている。
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 ごくごく小さな峠だが、坂を登りきった先に空が見えて、まさしく峠的な風景にうれしくなる。

 この小さな峠を下ったあとは、老人ホームや高齢者住宅が複数棟建ち並ぶ高台へと登る。この高台への坂道は以前はなかった気がする。高台の上の施設の新設に伴って新しく造られた道だろう。
 坂道を登りきり、少し下ってまた登る。ここは「金山青年の家」の裏手の坂道で、かなりの急勾配になっている。この急坂を登りきると、右手(北)は金山配水場で緑色の水道タンクが見え、左手(南)は東山公園親水広場となる。

 親水広場から西へ下り、金龍寺の前に出る。さらにスバル北工場の東側を工場の壁伝いに走って受楽寺へ向かう。
 太田七福神めぐり当日は、山門下の石段から本堂まで参拝待ちの行列ができていた。その喧噪とはうって変り、いまの境内に人の姿はなく、ひっそりとしている。

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 受楽寺山門を背景に記念撮影をする。

 このあとは南に向かい、太田小学校の西側の細道を通って本町通りに出る。
 
 途中、高山神社に立ち寄る。高山神社は、明治12(1879)年に高山彦九郎を祭神として創建された神社である。天神山という小高い丘の山頂にあった。「あった」と過去形で記したのは、残念ながら平成26(2014)年12月30日の火災により本殿と拝殿が全焼したからである。焼失した社殿は二代目で、昭和7(1932)年に建設された。桃山風神明造りの壮麗な社殿であった。(参考 正田喜久「無念 高山神社が全焼する」『高山彦九郎研究会会報第18号』平成27年5月より)

 長い石階の先に石鳥居が小さく見えている。石階の登り口に焼け残った社殿の装飾品が置かれていた。
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 鳥居の向こうは、青い空である。
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 石階を登りきると、社殿の基礎が横たわるだけ。ところどころに残るまだらの雪が、いまの高山神社の景観における空虚さやうら寂しさを助長しているように感じられた。

 太田小の西隣に新田パンの工場がある。七福神めぐりの日、ここでコッペパンをいただいた。パンの袋には「おかげさまで100周年」のシールが貼られていた。
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 工場と店舗の建物は昔ながらのもの。白く塗られた外観。看板に淡い緑色の文字で「NITTA BAKERY」とある。木製の窓枠や引き戸、コンクリート製の古びた煙突などが、その佇まいを味わい深いものにしている。

 長念寺に着くころにはすでに陽が沈みかけていた。
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 長念寺の境内には幼稚園があり、遊具と墓石が渾然としている。寺の風景としてなんだか落ち着かない。
 山門横の狭い空間に多くの石仏がまとめて置かれている。いくぶん窮屈な感じは否めない。古いもの(近世の石仏)と新しいもの(現代風の六地蔵)が混在していることも景色の落ち着きを目減りさせている要因なのかもしれない。
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 そのなかで凝った造りの二十二夜塔が目にとまる。観音の彫像が細やかである。文政元年の銘があった。

 風も強まり、ずいぶんと冷え込んでいる。家路を急ぐ。総走行距離24キロ。

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