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zoom RSS 過去の雑感2013年2月16日 『死者のゆくえ』を読む

<<   作成日時 : 2017/02/19 16:40   >>

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 このところ山歩きやサイクリングをしていないので、中継ぎの意味で、最近読んだ本の感想を簡単に書いておきます。 『死者のゆくえ』(佐藤弘夫著 岩田書院 2008年)です。

 怖い題名ですが、怪奇物や霊感話ではなく、歴史・民俗系の本です。日本人の「死」に対する観念(生死観や他界観、霊魂観など)の変遷を時代を追って概観したものです。古墳や遺跡、諸文献などから、その当時における死者の扱い方を拾い出し、そこに見出される日本人の死者に対する考え方を考察しています。

 この種の話では、柳田国男の『先祖の話』で提示された考え方が、これまでの定説でした。
 ごく簡単に言えば、死者は、死後、遠い他界(天国や極楽)へは行かず、生前に身近であった場所に留まり、子孫を見守り、時おり縁者と交渉を続ける、というものです。そして、お彼岸や盆、正月などの年中行事を死者とその子孫が交流する祭りであると位置付けました。
 現在主流の死者の扱い方、すなわち、死後に葬送儀礼を行い、墓石を建立して遺骨を墓地に埋葬し、その後、ある決まった機会ごとに墓参や追善供養をして死者を偲ぶ、という一連の行いとそこに現れる観念は、柳田が『先祖の話』で提示した日本人の他界観・霊魂観とひと続きのものであるといえます。

 本書の興味深い点は、こうした柳田の定説を捉え直そうとしている点です。歴史的に日本人の死者の扱いと、そこに現れる死者に対する観念をふり返ってみると、柳田の提示した観念は、決して日本人に古来から備わっていた普遍的なものではない。日本人の生死観、他界観、霊魂観といったものは、時代ごとに変化し続けている、と著者は論じます。
 柳田の他界観は江戸時代に始まり、その中・後期を通じて形成・定着し、近代に引き継がれ、現代にも受け継がれているに過ぎない。
 柳田の言っていることは、普遍的な現象ではなく、むしろ柳田の願望ではなかったのか、とも書いています。したがって、今後は、日本人の死者に対する扱い方や観念も変遷を余儀なくされる、ということになります。

 こうした著者の指摘は、なかなか刺激的でありました。表現の仕方によっては、難解で硬質な書物になりがちなテーマですが、遺跡や古墳、石塔、寺社などを事例として紹介する場面では、紀行文やエッセイ的な要素も所々に盛り込まれ、この種の文章が好きな私には、好ましいものでありました。

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