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zoom RSS 折々の雑感101 反町薬師の藤棚

<<   作成日時 : 2016/05/01 00:20   >>

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 反町薬師(照明寺、太田市新田反町町)の藤棚を見に行きました。
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 新緑の季節を迎えました。桜の花が散ってからあたりの樹木の若葉が一斉に芽吹きだし、木々の緑は、その色彩にしろ、葉の伸び具合にしろ、日に日にその姿を変えていっています。そんななかを自転車で走るのは清々しくも心地よく、4月24日の日曜に久しぶりにキャノンデールのロードバイクをひっぱり出し、少し走ってみたりしたわけです。よくよく考えて見れば、CADのバイクに乗るのは約2年ぶり。タイヤの空気はすっかり抜けていました。

 どこへ行く当てもなく走り出して、まずは近所の公園に立ち寄ります。住宅地の中の小さな公園ですが、樹木に囲まれ、一面に芝生が敷かれていて、いまの時季は緑が鮮やかで、気持ちいいです。鯉のぼりが泳いでいました。

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 それにしても休日の昼下がりの公園というのは、遊具で遊ぶ小さな子どもとその保護者、それにウォーキングをする高齢の方などがいて、ヘルメットをかぶったチャリンコ乗りは、いかにも場違いな感じがして、どうも居心地が悪いのです。ベンチに座ってみたものの、何となく落ち着かず、早々にその公園を後にします。

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 園内に小さな藤棚があって、薄紫色の花を咲かせています。去り際に棚の下を通ると、ほんのりと甘い香りがしました。熊蜂の羽音が聞こえます。いまは新緑の時季であるとともに藤の時季でもあるのです。それで数年前に見た反町薬師の藤棚のことを思い出し、どんな感じだろう、と見に行くことにしたのです。

 反町薬師(照明寺)は、現在はお寺ですが、新田氏の館跡と伝えられ、中世平城の遺構が残る史跡でもあります。境内の周囲に濃緑の水をたたえた堀がめぐらされ、その堀の東側部分の水際に大きな藤棚があります。

 自転車を10分ほど走らせて反町薬師に到着しました。さっそく藤棚を見上げます。少し時季が早かったようで、平均的に見て一房につきおおよそ半分くらいしか花を付けていませんでした。いろいろな角度から写真を撮ってみましたが、花が少ない分、棚を構成する鉄製のパイプ類とそれを支える鉄骨ばかりが目立ってしまいます。

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 それでも数本の古木から伸びる枝が絡まり合わることで作られている藤棚は、大きな広がりを持っており、長く垂れ下がった花房が折り重なる様は、なかなか見事ではあります。境内の新緑との色の対照、つまりは薄紫色と黄緑色のコントラストも際立っていてきれいです。細い筋が幾重にも垂れ下がっている姿を見て、なんだかそうめんみたいだな、などと思ったりもしました。
 その一方で、折りしも熊本で大きな地震が続いているときに、こんなのん気なことを考えている場合ではない、という気もしてきました。
 そんなとき、参拝がてら藤棚を見に来たらしい年配のご夫婦のたわいもない会話がふと耳に入りました。奥さんのほうが「藤の花がきれい」と独り言のように言ったのに応じて、旦那さんのほうも、これまた独り言のように「ほんと天気が良くて気持ちいいな」などと答えています。新緑に囲まれた藤棚の下には、ほのぼのとした時間が流れている。堀の水面は波立つこともなく、のっぺりとしています。

 翻って熊本地震の被災地の状況がニュースや新聞などで連日報道されています。それらを見ると、堀の端に立つこの藤棚のように静かでおだやかな風景とは対照的に、凄惨な光景が映し出されています。同じ時間が流れる同じ日本のなかにあって、この景色の差は一体、何だろう。自然のおそろしさを改めて感じます。
 地震に限らず火山の噴火や豪雨による洪水など人が自然災害と呼ぶところの現象は、いつどこで起こるか分かりません。私自身がそうであるように、まさか自身に天災が降りかかろうとはたいがいの人が思ってはいないはずです。ある人が、ある時、ある場所で災いに遭遇することに、合理的な理由や必然性は何ら存在しません。何気ない日常の連続を突然に断ち切ってしまう自然の作用のなかに、人知の及ばぬ人間の意思を超えたところの何かを感じざるをえません。

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