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zoom RSS コラム86 桐生川内あたりのサイクリング 川内の小さな諸峠と名久木の石仏

<<   作成日時 : 2015/11/07 01:09   >>

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 桐生川内町をサイクリングした。

 赤岩橋で渡良瀬川を渡り、小倉峠の崖下の道を抜ける。

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 赤岩橋から見る渡良瀬川と小倉峠。
 この橋の西側に望まれる景色はなかなか美しい。小倉峠は崖の端部で川に切れ落ち、そこから吾妻山までいくつかのこぶが段階的に連なっている。この山稜の形状と渡良瀬川の取り合わせが面白い。川の奥には遠く赤城山も見える。いかにも桐生に来たという感じがする。

 川内町をほぼ南北に貫く県道338号駒形大間々線を西に外れて長尾根峠へ向かう市道を進んでみる。この道は、ここ数年来しばらく工事中で通行止めである。

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 桜峠との分岐である麦生小路まで来てみた。ここから北側を見上げると桜峠が通じる尾根の鞍部がよく見てとれる。

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 ここに「林道麦生小路線開設記念碑」なる石碑(昭和42年3月)と大正5年の道しるべがある。大正期の道しるべには「西 浅原村 南 桐生道 北 小平村」と刻まれている。「西 浅原」は長尾根峠の道、「北 小平」は桜峠の道を示しているものと思う。
 ずいぶん前に自転車を担ぎながら桜峠の峠道を辿ってみたことがある。かなり荒れていて廃道状態であった。小平側は峠のすぐ下まで林道桜峠線という舗装路が通じていた。桜峠の鞍部を見ると、その時のことが思い出され、懐かしい思いがする。

 名久木へ行ってみた。
 名久木への分岐を折れる前に川内五丁目第2集会所に立ち寄る。

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 この集会所の敷地内に小社が祀られており、その石鳥居の横に三峯山の石燈籠が移されて置かれている。もとは県道と名久木道の分岐点に立っていたらしい。
 「秩父分地 三峯山」とあり、道しるべも兼ねていたらしく台座には「右 三峯山」と刻まれる。「天保十年」の年号が読める。
 名久木の集落を抜ける道は、三峯山信仰や御嶽信仰が盛んな頃(おそらくは江戸後期から明治期あたりか)は三峯山への参道でもあったわけだ。
 台座の文字はよく読めなかったが、帰ってから『桐生市史』を見ると、「右三峯山 是より一里十丁 左機神七丁雷神二里」とあるらしいことが分かった。「機神」は白瀧神社、「雷神」は、いまの鳴神山山頂の神社を指すのだろう。

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 道しるべ。名久木川に架かる大日堂橋のたもとに残る。
 これも三峯山信仰や御嶽信仰の痕跡である。「左 御嶽山 三峯山 右 庚申道」と刻まれている。「庚申道」とあるのは大日堂橋を渡った先にある庚申塚への道ということらしい。

 おりひめバスの名久木バス停の先、道の西側に小さな墓地がある。その墓地内に珍しい形の石仏があった。

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 丸い石台座の上に何らかの、おそらくは仏教系と思われる神仏像が座している。その台座の周囲を取り囲むように10の神仏像が浮き彫りにされている。
 その場では、何の石仏か分からなかったが、帰宅して調べると、地元の方が作っている名久木地区の自然や史跡、祭事などを紹介しているサイト(「名久木ホームページ」)に行き当たる。そこに「十王様の石仏」というのが載っていた。写真の石仏は、名久木ホームページの説明文に照らすと十王様に間違いなさそうである。
 さらに『桐生市ことがら事典』(桐生市教育委員会)の「石仏」のページにも「十王像」の項目があった。以下のように書かれている。
「桐生市内唯一の像。風邪を引いたときに真綿を供えて治癒祈願すると、ご利益があるという俗信仰が伝えられる。総高148センチメートル。『干時 宝永七歳庚寅十月十六□』の造立年が見られる。最上段に閻魔大王の本地仏・地蔵菩薩がある」

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 この記事はサイクリング日記である。したがってひとまず自転車の写真も貼っておこう。
 十王像のある墓地の入口には庚申塔(青面金剛像)も立っている。クロモリフレームには石仏のある風景が良く似合う(…のだろうか?)。

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 墓地の先、道の東側に榎の大樹がある。四方に大きく広がる枝振りと太い幹が目を引く。いかにも古木然としている。
 神木として崇められているのだろう、根元に石の祠が置かれていた。先の名久木ホームページによると、石祠に祀られているは十二様だそうだ。

 神木の大榎を後にする。道沿いに数軒の民家はあるものの、あたりの景色はかなり奥深い感じになる。名久木集落で最奥の民家への分岐を過ぎると、木立ちはうっそうとして道は薄暗い。その暗い坂を登ると、道は二手に分かれる。
 集落を背にして右手(東側)には三峯山や金沢峠へ通じる未舗装の林道(大崩林道)が延びている。この先は、人里からの距離はそれほどでもないが、相当に山深い雰囲気の場所となる。おそらくは林業関係者かハンターくらいしか人は入らないと思う。
 左手(西側)の舗装路は林道田中線で、少し登って道の頂点から直線的な急坂を一気に下ると、田中のバス停のところで県道大間々駒形線に合流する。合流点に大きな医療施設がある。

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 写真は林道田中線のピーク付近。県道側(上仁田山)から名久木側を見ている。
 この林道が通じている場所には、昔の名久木村と上仁田山村を結んでいた峠道があったようだ。
 旧い五万分の一地形図に点線の道が表記されている。三峯山から南西方向に名久木川の谷と山田(仁田山)川の谷を分ける尾根が派生している。峠道は、この尾根の鞍部を抜けている。距離はわずかで標高差もあまりない。ごく小さな峠である。峠名は聞かない。

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 この峠道に関わるものかは分からないが、現在の林道ピークから少し県道側に下った道脇の北側斜面に草に埋もれつつ小さな馬頭観音像が残っている。

 県道駒形大間々線を南下して帰る。

 帰り道、久しぶりに小倉峠の旧道を登り、青葉台の住宅地へと下ってみた。
 旧道は、枯枝や落石が散乱し荒れ果てていた。舗装の細道ではあるが、とても乗れる状態ではなく、自転車は押して行く。やれやれ、という感じだった。
 小さな切り通し部分を抜けると、明るく開けた青葉台の高台に出る。眼下には渡良瀬川が流れ、桐生の市街地が広がる。赤岩橋から上電、両毛線の鉄橋と渡良瀬川に架かる橋梁が3本重なる風景がいい。川をはさんだ向こう側に八王子丘陵が横たわる。ここからの眺めは良好で、いくぶん救われる。
 それにしても青葉台の住宅地はお金持ちが多いのだろうか。家の造りは瀟洒で、カーポートには高級外車が並んでいる。サイクリングの最後にそんな俗っぽいことを考えている。
(2015年11月1日 総走行距離54キロ)

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