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zoom RSS 折々の雑感77 『ソーシャルメディアの何が気持ち悪いのか』(香山リカ 朝日新書)を読む

<<   作成日時 : 2014/08/09 18:50   >>

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 ネタがないので、読書メモです。新聞広告に載っていたタイトルに引かれて買いました。ツイッターをやっているし、このブログも書いているので自分もソーシャルメディアとは無縁ではなく、それを「気持ち悪い」と言われたようで気になったわけです。一体、どこがどんなふうに気持ち悪いかと。

 ツイッター、フェイスブック、LINEなどソーシャルメディア(SNS)の浸透によって社会に何が起こっているか、人と人とのコミュニケーションのあり方がどう変わったかについて論じています。
 序章の一節に「SNSは人と人とをつなげるツールであるどころか、一方的な発言を双方向的なコミュニケーションだとカン違いさせる、世にも気持ち悪い装置なのではないか」とあり、そのSNSの「気持ち悪さ」について考えるとあります。もともとこのようなスタンスで全体が貫かれているので、著者はSNSに対しおおむね否定的ではあります。ただ、イヤだから自身は使わないということもできないような社会状況に現在はなりつつあり、ここでもう一度SNSのあり方やそれがもたらす新たな社会関係について考え直す必要があるとも述べています。著作中ではSNSがもたらす社会関係は「一方向的」で「身体性が希薄」な関係とされています
 本書で取り上げられる事例は、「SNS疲れ」、「サイバーカスケード現象」、「ネット・スマホ依存」、「ネット右翼」などです。どれもSNSの普及・浸透に伴って近年新たに出現した社会現象です。この他に、なぜネット上では過剰な非難、攻撃があふれるのか、妙に道徳的で正義感の強い言説がなされるのはなぜか、といったことについても言及されています。
 総じてSNSがもたらした著者なりの「気持ち悪さ」が分かりやすく書かれています。取り上げられる事例も多岐にわたります。ただ、新書という制約もあり、各テーマごとの掘り下げがそれほど深いわけではなくあっさりとした印象は否めません。そこでの解釈や読み解きもとくに斬新であるとか目新しいという感じは受けませんでした。これまでに指摘されてきたSNSの問題点における一定の文脈内に収まっているというか。そうしたこれまでの指摘がうまく整理されているという感じでしょうか。

 これらの事例のなかで「サイバーカスケード」という現象は本書を読んで初めて知りました。これまでは「炎上」という言葉が使われていたようなのですが、これとはややニュアンスが異なるらしいです。ネット上であるテーマに関し議論や対話が重ねられた結果、特定の言説パターンに集団として流れていく現象を「サイバーカスケード現象」というようです。そこでの言説パターンは、ほとんどの場合、極端なものになりがちとのことです。
 「ネット右翼」とは、おもにネットから情報を得てネット空間で極端に愛国的・排外主義的な発言をする人たちのことをこう呼ぶようです。この言葉とそのおおよその内実は、一昨年に読んだ『ネットと愛国』(安田浩一 講談社)という本で知りました。
 「ネット・スマホ依存」については、割かれてる分量が少なく、なぜそうなるのかというメカニズムについてもう少し詳しい説明が欲しいと感じました。ネット・スマホ依存の問題を取り上げた新聞記事の引用が多く、ネット・スマホ依存に関する一般的な解説の域を出ていないようです。精神科医の立場からもう少し踏み込んだ論考があればなおよかったのではと思います。
 
 「何が気持ち悪いのか」と問いかける刺激的なタイトルですが、取り上げた事例に対し、いちいち「気持ち悪い」と攻撃、非難しているわけではありません。その説明と共になぜそうなるのかという理由や背景について著者なりの分析や解釈、読み解きがなされています。それらの読み解き対しては、なるほどそういう見方もあるのか、なかなか興味深い、と感じはしても、全面的に納得できるとか腑に落ちるというものでもないような気がしました。
 記述される現象や紹介される人物(あるいは特定の世代)の言動や振る舞いなどを読んでも、そのこと自体からはそれほど気持ち悪いという感じは受けません。おそらく著者が「気持ち悪い」としていることは旧世代が新世代に対して感じる違和感やおかしさにすぎないのではないかと思います。ここでいう新世代とは物心ついた時からパソコンや携帯、スマホ、ネットなどが存在した世代、対する旧世代はそれらのツールを途中から使い始めた世代としておきます。旧世代に属する著者が、新世代の言動や振る舞い、考え方などに対して違和感や抵抗感を持ち、「なんかヘン」と感じる。そうした感情を「気持ち悪い」と表現しているのだろうと思います。その「なんかヘン」な感じを綴っているのだと私は理解しました。つまり、SNSがもたらしたコミュニケーションのあり方の変化やSNSによって引き起こされた社会現象を論じるという体裁を取りながら、実は本書で展開されているのは著者なりの若者論、世代論でもあるのです。

 最近増加しつつあるSNSの使われ方として文章で自身の感情や感想を表現せずにただ画像だけを貼り付けるという行為が紹介されています。こうした例を見るに、ここでの送り手受け手の関係は、著者の言うように確かに「一方向的」ではあります。単に画像だけを貼り付けられても、明確に旧世代に属するはずの私には、何かしらのコメントなり説明がないと「何が言いたいのか分からない」ということになるのですが、新世代に属する若者はそういうふうには考えないのかもしれません。分かる人だけに分かってもらえればよいと考えているのか、それとも分かってもらおうとさえ思っておらずただその画像を貼りたいからただ貼っただけなのか、さらには他人に分かってもらおうとか、そういうことを考えること自体がおかしいのか、その辺りのことはよく分かりません。
 もう一つ新世代的なSNS上の表現方法として、極端に短い文章や多くの改行、行間を空けることなどが指摘されています。それは一見するとスカスカな文章であり、その行間や空間に込められた意味は何か、について読み解きがなされます。何か特別な意味が込められているようでいて実は見た目通りそこには何もない。文章がスカスカなのは思考や感性もスカスカになっているからではないか、と著者は問いかけます。
 ブログやフェイスブックにみっちりとした文章に書いてしまうのは、はじめは紙に文章を書いていて後からパソコンを使い始めた世代に特徴的に見られる傾向だそうです。かくいう私もつい長々と説明を重ねてしまい、無駄に文章が長くなってしまう傾向があります。SNSにスカスカの文章を書く新世代が実際は様々なことを感じたり考えたりしながらもただそれを文章に表現しないだけなのか、それとも本当に感じたり考えたりすることがなくなっているのか、それもよくわかりません。 
 こんなことをくだくだと書き綴るのも、いかにも旧世代的なのかもしれません。無駄に長い文章を書くことが自分は考えているのだと主張しているようで嫌ですね。実のところたいしたことを考えているわけでもないのに。

 逆に、SNS新世代は、旧世代の言動や行動様式、価値観などを「古くさい」と感じるのだろうと思います。おそらく新世代は、著者が表現する「気持ち悪さ」に決して共感することはないだろうし、何がおかしいのか、どこがヘンなのかということを理解することも困難なのではないかとも思います。双方の関係は無理解とか反感を覚えるとかそういうレベルですらなく、ほとんど接点のない断絶なのではないかとさえ思えます。それほどにSNSがコミュニケーションのあり方や人と人との関係性に与えた影響は大きかったのでしょうか。SNSは、最初からそれを使い始めた世代と途中から使った世代とを分断してしまう装置なのか。そこまで断定できないとしても、少なくとも本書に紹介される事例や現象を読む限りは、そうしたことを考えざるを得ない状況にあるのは確かなようです。

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